JOKERの麻薬的魅力。レールを外された男の狂気が生み出すカタルシス

第76回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した作品である。
舞台は1980年代のゴッサムシティ。
DCコミックスの「バットマン」に登場する悪役・ジョーカーが誕生する経緯が描かれている。

これほどまでに賛否両論ありそうな映画は久しぶりである。

個人的には非常に魅力的な映画だと思った。

しかし間抜けヅラで「あー、面白かった〜」と。それだけで終わらせてはいけないような、決して楽しかったと言ってはいけないような、そんな麻薬的な要素を持つ、狂った映画だった。

禁じられた感情移入

「俺はJOKER側の人間だ。」そんな中二病のようなことを言い出す人は後を絶たないだろう。かく言う私もその一人である。

要するに社会に不満を抱えている人々が多いのだ。

それは生まれた環境で勝負有り(容姿・家庭環境)みたいな世間に対する憤り然り、取引先に媚びへつらい、自分を押し殺して毎日を生きていくしかない社会を生きる人々の鬱屈とした気持ちだったりする。

JOKERはそんな私たちの代弁者なのだ。
私たちのような弱者の代弁者として、JOKERは盛大に権力を葬ってくれる。

この強大な悪に私たちは感情移入せざるを得ないのである。

悪のカリスマ

出典:ワーナー・ブラザース公式サイト

そんなJOKERだが、贔屓目に見ても憐憫の情を抱かずにはいられない。

急に笑い出してしまうという奇病を持ち、真面目に生きていても虐められる。献身的に母親の介護に努めるが、その母親にも騙されていたことが発覚する。何か特別な才能があるわけでもなく、もちろん女にもモテない。

そんなJOKERが「悪のカリスマ」として成り上がりを魅せる。

平凡なうだつの上がらないおっさんが、悪のカリスマJOKERとしてブイブイ言わせ始めたのだ。

私たちは弱者が強者に立ち向かっていくストーリーが大好物である。

誰かに認められたい、誰しもが持つ承認欲求と現実との乖離。
そんな承認欲求を思いっきり潔く、そして違法的にではあるが満たしてくれる。

理不尽とか不条理に虐げられるだけの人生を送ってきた彼が、清水の舞台から飛び降りる。
そこには冴えないおっさんなど存在せず、圧倒的な狂気が存在するばかりであった。

持たざる者の強さ

出典:ワーナー・ブラザース公式サイト

この映画の一番ゾクゾクする場面はマレー・フランクリン・ショーに向かう前のダンスシーンであろう。

報われない人生の中で溜まりに溜まった狂気的リビドーを、ぶち撒ける。
それはもう気持ち良いくらいに。

ダンスだけ見るとよく分からない変なダンスだ。
ただあの場面に至るストーリーや、生きる意味をやっと見つけた彼の心境が重なる時に、最高にクールな、エモダンス(エモいダンス)となる。

何より楽しそうに迷いなく踊り狂うJOKERをみると「良かったね、JOKER」と言わざるを得ないような、そんなエモダンス。
最狂のエンターテインメントである。

終わりに

と、いうわけで映画を既に観た人には「そうだよねー、分かるわー」と共感して欲しいし、観てない人には観た後に「そうだよねー、分かるわー」と共感して欲しいのだ。
承認欲求を満たしたい気持ちにおいては私はJOKER予備軍の中でもエリートコースに分類されるであろう。

個人的にはとっても面白かった。

そして彼女にするならこの映画を面白いと言う女の子だが、嫁にするならこの映画を面白くないという女の子の方が良い。そんな風に思った。

要するに

女1
すごい面白かったねー。なんかスッキリした////

という女の子より

女2
よく分からなかったなー。あんなに人を殺したらだめだよ〜/////

こっちと結婚したいということである。

要するに私は精神の安定した子と結婚したいのだ。
少しでもあてはまるかもと思った女の子はお気軽に立候補していただきたい。

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